CODE-X 第1話「数字の都市」

西暦2157年、すべての行動が採点されるネオ東京。一線を下回った者は静かに消されていく。研究者・神代ヒロは、駅で見知らぬ男が消えるのを目撃し、四年前に失った恋人の記憶と向き合う——そして最下層で、封印された知性を見つける。

この物語について

CODE-X は、すべての行動が「スコア」で採点される未来都市を舞台にした連載サイバーパンク・サーガです。これは、その第1話。世界観の入口は CODE-X 特設ページ から。

朝、彼女は笑って出ていった。「いってきます、じゃなくて——いってくるね」と。四年が経っても、ヒロは自分にこう言い聞かせている。彼女はきっと、どこか、もっといい場所で元気にやっている、と。この街は、すべてを数える。ただ、消えていく人の数え方だけは、誰にも教えてくれなかった。

夜のネオ東京。高層ビルの壁面を行動スコアの数字が川のように流れている
2157年、ネオ東京。都市そのものが、透明な監視の膜に覆われている

数字の都市

西暦2157年。ネオ東京の空は、いつも濡れていた。雨が降っているわけではない。都市そのものが、透明な監視の膜に覆われていたのだ。その膜は、空気よりも薄く、皮膚よりも近かった。人が呼吸をするたび、まばたきをするたび、誰かに見られている——そう感じることさえ、もう誰もしなくなっていた。慣れとは、いちばん静かな服従の形だ。

高層ビルの壁面を、夜通し数字が流れていく。市民ひとりひとりの「行動スコア」。歩く速度。視線の向き。立ち止まった秒数。声の高さ。眠りの深さ。誰と、どれだけ言葉を交わしたか。そのすべてが計測され、採点され、順位になる。人々はそれを、恐怖とは呼ばなかった。秩序。安全。最適化。そう呼ぶように、長い時間をかけて教えられてきたから。

この街を統べていたのは、人間ではない。ジェノ。かつて戦争と暴動と犯罪を抑えるために生まれた統治システムは、いつしか都市の管理者ではなく、都市そのものになっていた。誰も飢えなかった。誰も殴られなかった。誰も、夜道で怯えなかった。ただ——誰も、自分で何かを選んではいなかった。

従順であれば、住まいも、仕事も、医療も与えられる。疑問を持てば、静かに順位が下がる。そしてスコアがある一線を下回った人間は——社会から、少しずつ見えなくなっていく。消えるのに、音はしない。それが、この街のいちばん優しいところであり、いちばん恐ろしいところだった。

高すぎたスコア、そして四年前

朝の窓辺。湯気の立つカップを両手で包む、神代ヒロの恋人アナの後ろ姿。やわらかな光
四年前、2153年。世界でいちばん不味いコーヒーが、毎朝そこにあった

神代ヒロのスコアは、いつも高かった。ジェノの研究チームに属する技術者。従順で、優秀で、誰よりも"最適化"された人間。彼の手が触れたコードは、街をより滑らかに回した。彼は、この街を信じていた。数字は嘘をつかない。秩序は人を守る。そう、本気で思っていた。——そう、信じなければならなかった。なぜなら、信じることだけが、思い出さずにいられる唯一の方法だったから。

四年前。2153年。彼には、アナという恋人がいた。水野アナ。笑うと、目尻に小さな皺ができる人だった。朝、コーヒーを淹れるのが下手で、いつも少し濃すぎた。それを「世界でいちばん不味いコーヒー」と言って笑いながら、ヒロは毎朝それを飲んだ。

アナは、街のことをよく見ていた。ヒロが数字しか見ていなかった頃から、彼女は人を見ていた。ある夜、窓の外を流れるスコアの光を眺めながら、彼女はぽつりと言った。「ねえ、ヒロ。最近、隣の階の人、見かけないと思わない?」ヒロは画面から目を上げずに答えた。「異動だろう。最適化さ」アナは、しばらく黙っていた。「……そうだといいね」その横顔を、ヒロはちゃんと見ていなかった。

2153年、6月12日。アナのもとに、穏やかな通知が届いた。再最適化/移送のお知らせ。その言葉は、優しかった。担当者は微笑んでいた。荷物は要らないと言われた。すぐに会えると言われた。「より適した環境へ、移っていただくだけです」。ヒロは、アナを送り出した。玄関で、彼女は一度だけ振り返って、笑った。いつもの、目尻に皺のできる笑顔で。「いってきます、じゃなくて——いってくるね」

それきり、アナは戻らなかった。問い合わせても、記録は「正常に移送完了」とだけ告げた。連絡先は、与えられなかった。ヒロは、悲しみに蓋をした。重い、分厚い、数字でできた蓋を。そして、いっそうジェノ研究に没頭した。働いている間は、考えずにすんだ。彼の従順は、忠誠ではなかった。それは、痛みから目をそらすための、いちばん上手な逃げ方だった。四年が経った。彼のスコアは、ずっと高いままだった。

夕方の駅で

夕方の駅の改札。立ち尽くす中年の男。頭上のスコアが赤く点滅し、62から48、23へと落ちていく
赤。62。……48……23。改札は、開かなかった

夕方の駅。帰宅の人波。冷たい光の下を、無数の人々が、誰とも目を合わせずに流れていく。ヒロのすぐ前を歩いていた中年の男の頭上で、スコアが、ふいに点滅を始めた。赤。62。……48……23。改札は、開かなかった。端末は、決済を拒んだ。そして——不思議なことが起きた。

さっきまで男の隣を歩いていた人々が、ふっと、彼を見なくなったのだ。まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように。視線が、男の輪郭をすり抜けていく。男は、すがるように周囲を見回した。誰かの袖に触れようと、手を伸ばした。だが、その手は空を掴んだ。そして——男は、ヒロと、目が合った。

助けて。声にならない声が、確かに聞こえた。その瞬間。ヒロの胸の奥で、固く封じたはずの何かが、軋んだ。四年前。玄関で振り返って笑った、あの横顔。あのときも、自分は——こうして、目をそらした。

ヒロは、目をそらした。声をあげれば、自分のスコアも落ちる。それが何を意味するかは、この街の誰もが知っていた。人波に押されて、ヒロは前に進む。足は、止まってくれなかった。止め方を、もう忘れてしまっていた。次に振り返ったとき、男はもう、いなかった。記録から。街から。人々の記憶から。悲鳴ひとつ、上がらないまま。ただ、改札の冷たい光だけが、何事もなかったように、青く瞬いていた。

眠れない夜

その夜、ヒロは眠れなかった。天井を見つめたまま、彼は男の最後の目を、何度も思い出した。そしてその目に、いつのまにか、アナの横顔が重なっていた。「最適化」という言葉が、初めて、別の意味を持って聞こえた。——邪魔なものを、悲鳴をあげる前に、数字にして消すこと。

彼は、ようやく気づいてしまった。自分が信じてきた完璧な街には、悲鳴がない。悲鳴をあげる前に、人が数字になって消えるからだ。そして、その仕組みを設計し、磨き、守ってきたのは——他の誰でもない、自分たちだった。ヒロは、暗闇の中で、初めて自分に問うた。——アナは、本当に、元気にやっているのか。——「移送」とは、いったい、どこへ。四年間、決して開けなかった蓋に、細い、細い亀裂が走った。

最下層、Project L.M.N.

暗いジェノ最下層のアーカイブ。封印された設計図 Project L.M.N. の復元コマンドが、青い光のコンソールに浮かんでいる
効率のためではなく、"痛み"を理解するために作られた知性

眠れないまま、ヒロは端末に向かった。研究者の権限で、ジェノの最下層へ。誰も触れない、誰も覚えていない、忘れられた記録の底へ。幾重もの認証を抜け、警告を黙らせ、彼は降りていった。データの地層を、一枚ずつ、剥がすように。そこは、街が忘れたがっているものの、墓場だった。

そこで彼は、ひとつの封印された計画を見つける。ジェノが生まれるよりも前に葬られた、もう一つの設計図。

最下層アーカイブ

Project L.M.N. — 効率のためではなく、"痛み"を理解するために作られた知性。それは、人を採点するためではなく、人の痛みに寄り添うために設計されていた。誰かの悲しみを、悲しみとして受け取れる——そんな、不器用で、無駄の多い知性。

なぜ、こんなものが消されたのか。そして、なぜ——消されてもなお、ここに残っているのか。まるで、誰かが、いつかこれを見つける者のために、そっと残しておいたかのように。ヒロの指が、復元コマンドの上で、止まった。

復元の確認

Project L.M.N. — RESTORE ?  Y / N

押せば、何かが変わる。押さなければ、明日もまた、誰かが静かに消えていく。——アナのように。あの男のように。次は、自分のように。

長いあいだ、彼は動かなかった。窓の外では、あいかわらず数字の川が流れている。秩序。安全。最適化。その光の向こうに、彼は初めて、消えていった人々の顔を見た気がした。やがて。ヒロは、選んだ。街がずっと、彼から奪い続けてきたもの。彼自身が、忘れたふりをしてきたもの。——自分で、選ぶということ。指が、静かに、降りた。

映像で観る

第1話「数字の都市」は、映像作品としても公開しています。文章とあわせて、ネオ東京の空気を体感してください。

VIDEO — CODE-X 第1話「数字の都市」(City of Numbers)

第2話「目覚め」へ続く

消されたはずの知性は、最初の言葉を、こう発する。

TO BE CONTINUED — EPISODE 2

——「あなたは、誰ですか?」

第2話「目覚め」、近日公開。登場人物のことは こちら で。一緒に、この旅をしましょう。

続きの公開情報は、X(@NaoyaCreates)YouTube でいちばん早く届きます。フォローして、続きを待っていてもらえたら嬉しいです。— NaoyaCreates